No.673(2011/10/07)福島第一原発で3人目の犠牲者

 まず、asahi.comからの記事を紹介します。


福島第一の作業員死亡 事故後3人目「被曝と関連なし」  2011年10月6日22時32分

 東京電力は6日、福島第一原発で働いていた50代の男性作業員が、同日朝に死亡したと発表した。事故の復旧にあたる作業員の死亡者は3人目。東電は、被曝(ひばく)や過重労働が直接の死因ではないと見ている。遺族の意向なども踏まえて死因は公表しなかった。

 東電によると、男性は5日午前7時10分ごろ、作業開始前に体調不良を訴え、福島県内の病院に搬送された。8月8日から計46日間、原発内でタンクの設置作業に従事していた。

 復旧作業にあたる作業員のうち、5月に心筋梗塞(こうそく)で男性1人が亡くなり、8月にも急性白血病で男性1人が亡くなっている。東電はいずれも作業被曝との関連はないとしている。


 さて、この半年間で東電の福島第一原発という一つの事業所において、外傷を伴うような事故以外で3名の労働者が病死しているのです。これは極めて異例の事態であり、常識的には福島第一原発事故現場固有の特殊な労働環境が影響していると考えるべきです。
 特殊な労働環境とは何でしょうか?言うまでもありません、高い放射線を受ける環境だということです。しかも1例は急性白血病という、極めて放射線障害の可能性の高い病気で亡くなっているのです。新聞報道は東電の一方的な「いずれも作業被曝との関連はない」という言い分を相変わらず垂れ流していますが、それはあり得ないことでしょう。ここでは、被曝労働によって3人の方が亡くなったという前提で話を進めます。

 8月に急性白血病で亡くなった方の被ばく線量は0.5mSv、今回なくなった方の被ばく線量は2mSvだと発表されています。これはかなり重大な意味を持っています。
 もしこの数値が正しい数値だとすれば、成人男子でも放射線に対する感度の高い人は、0.5〜2mSvという比較的低い追加線量の被曝によって死亡する可能性が否定できないことを示しています。福島第一原発で働く作業員の人数がどの程度か把握していませんが、半年で3名というのは低くない確率だと考えられます。これを考えると、年間5mSv/年という地域が広範囲に広がり、そこに多くの人たちが暮らしている状況では、予想以上に多くの人たちが放射線被曝によって落命される可能性があることを暗示しています。

No.672(2011/10/07)国の愚かな除染基本方針

 この国の役人はどこまで愚かで不誠実なのだろうか。福島第一原発事故による放射能汚染地域に対する国の除染に対する基本方針が明らかになりました。まず新聞報道を紹介します。

 まず大きな問題は、除染を必要とする放射能に高レベルで汚染された地域の多くに住民が現在も住んでいるということです。住民の健康や安全を守るためには、除染が必要、つまり人間に放射線による健康被害の危険性の高い地域からは一旦住民を退避させた上で、人が安心して住める(あるいは受忍できる)レベルにまで除染した後に住民を戻すべきでしょう。
 確かに、現状では1mSv/年のレベルを超える地域はあまりにも広範囲であり、対象地域から全て住民を退避させることは困難なのかもしれません。ただ、現行法との整合性から見ても、5mSv/年あるいは40kBq/m2を越える、“放射線管理区域”に相当する地域からは住民を退避させるべきでしょう。
 その上で、除染対象地域のなるべく放射線レベルの低いほうから除染作業を進めることが現実的です。基本方針にあるように年間追加線量が20mSv/年を越えるような高レベルの汚染地域を優先的に除染するというのは愚かなことです。
 常識的に考えれば、高汚染地域における除染作業によって、それなりに安定していた放射性物質を“乱す”のですから、高汚染地域の放射能レベルが少し下がったとしても、逆に乱され拡散しやすくなった放射性物質を含む物質が周辺環境に拡散して、二次的な汚染が拡大する可能性が高くなります。20mSv/年を越えるような高汚染地域では、洗浄ではほとんど効果はなく、地上にあるものを全て撤去し、表土や舗装を剥がしてしまわなければ1mSv/年のレベルにまで放射能レベルを下げることは出来ず、現実的に除染は不可能です。このような地域は除染を行わずに、立ち入り禁止区域にすべきです。
 これに対して低レベルの汚染地帯であれば洗浄等の比較的単純な清掃によって1mSv/年以下にすることが出来るかもしれません。少なくとも高レベルの汚染地域に比べればはるかに簡単に、しかもはるかに早く広い範囲の除染が可能でしょう。投入費用対効果から考えれば、まず低レベルの汚染地帯を確実に除染することが効果的です。除染によって生じた汚泥や瓦礫は立ち入り禁止の高レベルの汚染地帯で保管すればよいのです。
 また理解できないのが基本方針の除染の目標値の設定方法です。人体に対する影響から考えれば、除染の目標値は追加被曝線量の値として定めるべきです。現状のレベルに対して50%減少させる、60%減少させるなどというのは全く不適切です。現状が19mSv/年であれば目標値は9.5mSv/年や7.6mSv/年であり、これではとても人の住める環境ではありません。この国の無能な役人は一体何を考えているのでしょうか。

No.671(2011/10/06)法治国家の崩壊

 福島第一原発事故後の日本政府の行動は、超法規的な対応の連続です。緊急避難的に被災民を救済するためではなく、国の対面と東京電力という私企業を守るために・・・。警察あるいは検察組織もこれだけ広範囲に日本国民の生命を脅かす重大事故を起こした刑事犯罪者である東電の捜査を行ったという話をついぞ聞きません。一体どうなっているのでしょうか?国は本気で東電を追及するつもりが無いことは明らかです。原発事故の事実を究明するためにも、被災者住民はまず東電を告訴することが必要です。

 さて、そのような中で緊急時避難準備区域が一斉に解除されました。しかし緊急時避難準備区域に設定されていた地域の放射能レベルが改善したわけではなく、未だに日本の既成法では「放射線管理区域」に相当(放射能レベルが40kBq/m2以上)する高い放射能汚染レベルを示しています。本来ならばこのような場所に一般人である住民の立ち入りを許すこと自体が「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」に対する違反行為です。
 この事態に対して国はどのように対処するつもりなのでしょうか?国はなんと、法律に規定されている一般公衆の被ばく線量限度である1mSv/年という値のほうを、福島の汚染状況の実態に合わせて最高20mSv/年程度にまで引き上げることを検討しているのです。これを報道した記事を紹介します。



大分合同新聞2011年10月6日朝刊

 正に本末転倒の対応です。国民の安全を確保するために定められてきた1mSv/年という被ばく線量限度を、福島の高レベルに汚染された地域に住民を住むことが違法にならないように緩和するなどとんでもない対応です。これは国と東電の違法行為を免責するために法律のほうを変えることを意味しています。
 20mSv/年以下という値は、現行法では日常的に放射線を受ける環境で働く労働者に対する“受忍限度”であって、本人が一定のリスクを承知した上で労働契約を結んだ労働者に対して適用されるものです。こうした環境で働く労働者は積算線量計を携帯して、常に被ばく線量をチェックしているのです。そのような環境に乳幼児や子供を含む一般公衆を常時居住することを半ば強制することは、国家的な犯罪行為であると考えます。

 ICRPのリスク係数570/10000(一人当たり1Svの放射線に被曝した1万人の集団の死亡件数が570)を用いると、20mSv/年という環境に1年間曝された場合の死亡の危険度を算定してみると次の通りです。

570/10000(1/Sv)×20(mSv)×10000(人)=570/10000000(1/mSv)×20(mSv)×10000(人)=11.4人

 つまり、20mSv/年という環境に1年間居住した場合、平均的な年齢構成の集団10000人に11.4人が将来的に放射線被曝の影響で死亡する程度の危険性が増加することを意味しています。J.W.Gofmanの研究によると15歳以下の子供の放射線に対する感度は平均的な値の3〜4倍程度ですから、子供では10000人に30〜40人程度の死亡の危険性が増加すると考えられます。
 ここで注意が必要なのですが、20mSv/年は1年間当たりの追加被曝線量ですから、この環境に2年間暮らせば、積算線量は、

20mSv/年×2年=40mSv

となり、死亡の危険性は成人10000人に対して22.8人、子供10000人に対して60〜80人になります。このような環境に住み続ければ、無視できない影響になることは明らかです。

No.670(2011/10/05)再生可能エネルギー特措法に反対する会 No.2

 再生可能エネルギー特措法に反対する会のビラのNo.2をお送りします。

 それにしても、福島第一原発周辺の放射能汚染状況は、ため息が出るばかりです。それに対する能天気で出鱈目な、そして遅々として進まぬ国の事故対応、東電の無責任体制には呆れ果てるばかりです。
 しかし、国や東電の今回の福島第一原発事故への対応が出鱈目であればあるほど、脱原発への圧力は高まるのではないかと思います。

 ビラにつきましては前回同様、賛同いただける方はご自由にお使いください。

No.669(2011/10/05)放射線被曝による健康障害

 福島県の子供130人に対する健康調査を行った結果、10人に甲状腺機能について変化が認められたという記事を紹介します。


大分合同新聞2011年10月4日夕刊

 記事だけでは福島県のどの地域で被曝した子供たちであるのか、詳細は不明です。私には被曝による病変の詳細な知識が無いため、何とも言えないのですが、これが避難住民の平均的な状況を反映しているとすると、実に対象地域の子供たちの10/130=7.7%に甲状腺機能への影響が見られることになります。
 記事にもありますが、チェルノブイリ原発事故では事故発生後5年くらいから甲状腺癌の発症が激増しました。福島では一体どの程度の増加が起こるのか、大変心配です。
 更に気がかりなのは、記事にも『福島第1原発事故との関連ははっきりしない。』とあるように、集団として、甲状腺機能障害の発症率が他の地域よりも明らかに高く、その原因が原発事故による放射線被曝であろうと推定できたとしても、個人の甲状腺機能障害の原因を放射線被曝が原因だと客観的なデータで証明することは不可能だということです。
 果たして5年後あるいはそれ以降に被曝が原因と思われる健康障害が発症した場合、東電や国はその因果関係を認定して適切な救済措置をとるとは、残念ながらとても思えないのです。

 ブログ『もうすぐ北風が強くなる』の「東電へ賠償請求、罠に注意、日弁連が無料相談開始」という記事から少し引用しておきます。
http://bator.blog14.fc2.com/blog-entry-676.html


1 記入は慎重に

東京電力からの原子力損害賠償の請求書類には、「同一補償対象期間における各補償項目の請求は1回限りとすること」とあり、請求漏れがあっても後から請求できなくなるおそれがあります。

2 合意書を作成する前に再確認を

原子力損害賠償の請求書類中に同封されていた「合意書」には、「一切の異議・追加の請求を申し立てることはありません」と記載されており、一度合意してしまうと、その期間のその項目の損害について、それ以上の請求ができなくなります。


 このような東電の対応を見るとき、晩発的な放射線障害による健康被害は切り捨てられてしまう可能性が極めて高いと考えざるを得ません。

No.668(2011/10/03)除染対象地域の拡大、その現実性は?

 前回の記事で、国が除染対象地域を5mSv/年以上としていることは、日本の法体系と矛盾することを述べました。
 さすがにこれはまずいと考えたのか、10月2日の細野環境相と佐藤福島県知事との会談において、細野氏は「除染は国が責任を持つ。(年間の追加被ばく線量が)1〜5ミリシーベルトの地域も当然含まれる。(大分合同新聞2011年10月3日朝刊)」と前言を翻しました。
 これは、国の除染による当該地域の年間放射線追加被ばく線量の目標値を1mSv/年未満にすることを意味するので、一般公衆に対する年間の人工放射線の被曝線量の上限を1mSv/年とする日本の法体系との矛盾はなくなりました。しかし、細野氏はこのことの重大性を果たして認識できているのか、はなはだ疑わしい。
 これによって、除染の必要な地域は更に広くなります。また、神戸大学の除染の効果についてのレポートで明らかなように、市街地における汚染地域の放射線レベルを下げるためには、洗浄では不可能であり、舗装を剥ぎ、汚染された家屋を撤去して町ごと作り直さない限り本質的な改善は不可能です。また、農地、林野では植生を取り除き、表土を剥ぎ取らなければなりません。
 この除染作業によって生じる莫大な瓦礫や植物や表土を一体どこに保管・管理するというのでしょうか?細野氏が言うように除染によって関東から東北一円に広がる広大な汚染地域の追加被ばく線量をすべて1mSv/年以下にするということは、技術的には不可能なことは明らかです。
 現実的には汚染レベルの低い地域を優先的に除染して出来る限りの範囲で居住可能(これはあくまでも1mSv/年以下の地域ということであり、法的に見て違法ではないという意味です。)な地域を確保し、除染によっても居住不可能な地域の無駄な除染は放棄するべきです。その上で、居住地域との間にある程度の広さの緩衝地帯を設けた上で立ち入り禁止区域を設定し、この立ち入り禁止地域内に放射能に汚染された瓦礫や表土などの処分施設を集中させることが現実的です。

No.667(2011/09/30)緊急時避難準備区域一斉解除 国は住民を見捨てた

 国は9月30日に緊急時避難準備区域を一斉解除することを決定した。前回報告した文科省のCsの沈着量測定結果でみると概ね30kBq/m2〜600kBq/m2程度の地域が含まれている。これは放射線管理区域に相当する環境であり、とても人が安全に暮らすことの出来る環境ではない。国は原発事故対策の支出を抑えるために地元住民の安全を切り捨てたということである。
 安全論争を行えば、泥沼に陥ることになるので、ここでは法治国家としての日本の問題として考えることにする。

 緊急時避難準備区域を解除するということは、本来その地域が緊急時を脱し、通常の日本の国土としての居住環境を満たすことが必要である。日本国憲法にいう日本人としての生存権、つまり『 第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。』を保障することが必要である。

 解除されることになった緊急時避難準備区域に該当する地域は、現状では『放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律』に基づく“放射線管理区域”に該当する放射能レベルにあり、放射線管理区域に指定して一般人の立ち入りを禁止しなければならない。法に照らして該当地域は一般人が立ち入ることを禁止すべきものであり、まして居住することは許されない。

 一般公衆の許容される放射線量は一般に 1mSv/年と言われる。これはICRP勧告がベースになっているものと思われる。文科省の冊子『放射線と安全確保』の中にも記されている。

 

 具体的には、原子炉等規制法において、放射性物質を扱う事業所敷地の境界での放射線量を 1mSv/年以下と規定していることから、これが一般公衆に許容される人工放射線に対する線量レベルの上限だと解釈出来る。
 現状は事故を起こした東電福島第一原発から環境に膨大な放射性物質が放出され、1mSv/年を越える範囲が福島第一原発の発電所敷地境界をはるかに越え、北関東から東北一円に広範囲に広がっている。これは原子炉等規制法について違法状態である。この違法状態を解消して原状復帰するのは原因を作った事業者である東電の義務である。
 しかし、東電は第一原発敷地外の原状復帰措置を一切行っておらず、地方自治体ないし国、あるいは地域住民やボランティアが除染作業を行っている。地方自治体・国は直ちに公金の支出をやめ、東電の責任において原状復帰を行うことを命令すべきである。
 国は、既に述べたように放射線監視区域相当の高レベルの放射能に汚染された地域に国民が住むことを半ば強制しており、これは『放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律』に反するだけでなく、憲法第二十五条に反する。
 更に、国は除染の基準を5mSv/年を越える地域に限定し、1mSv/年を越え、5mSv/年未満の地域に対しては除染すら行うことなく国民を住まわせようとしている。つまり、国は実質的に除染の目標値を5mSv/年未満になることを想定しており、これは原子炉等規制法に反する。

 日本の法体系に照らして、緊急避難準備区域を解除するための前提条件は、対象地域の環境放射線量レベルを東電の責任において1mSv/年以下にまで原状回復することが必要である。
 しかし、現実的には広大な対象地域を面的に1mSv/年以下に低減することはおそらく技術的に不可能であろう。また、東電は全く除染を行う様子はなく、国も5mSv/年を目標値としており、違法状態の場所に住民を帰還させることしか考えていない。
 このように、残念ながら日本という国は原発事故被災者住民を実質的に切り捨てる決定をしたのである。震災をはじめとする自然災害の復旧・復興については、政府の財政状況に鑑み、可能な範囲で最善を尽くすことが求められる。しかし、人為的な事故による被害については事故を発生させた事業者の責任において基本的に100%原状回復を行うか、それに見合う損害賠償を行うことが必要である。免責はありえない。
 しかし、政府は東電を勝手に免責し、あまつさえ日本の法体系を捻じ曲げ、国民の安全を犠牲にする判断を下した。国や東電に任せていては掛け値なしに生命が脅かされることになる。福島の原発事故被災者住民は、もはや国や地方自治体に任せておいては住民、特に子供や妊産婦の安全は守れないことをしっかりと認識すべきである。

 原発事故によって被災者は安全に暮らせる居住地を失い、職を失った。更に高レベル放射能汚染地域にある住宅・土地などの固定資産・不動産は無価値になった。被災者には一切の瑕疵はなく全ての原因は東電が原発の運転に失敗したことに起因している。
 被災者は原発事故を起こした東電に対して、業務上過失致死傷罪による告訴ないし、原状回復を求める民事訴訟を起こすべきである。原状回復=除染は、もし可能であれば、全て東電の責任において行うべきものである。国あるいは地方自治体は除染に係る財政的な負担は一切行うべきではない。
 原状回復=1mSv/年以下への除染が困難なのであれば、当該地域には人は住むべきではなく、東電に対して住民は原発事故によって失われた資産を保障する(事故前の資産価値による全量買い上げ)とともに、地域外における生活再建のための費用を負担するよう損害賠償を求めるべきである。

No.666(2011/09/25)広大な放射能汚染地域 除染は可能か?福島市の選択

1.日本に出現した広大な“無法地帯”

 日本は法治国家ではなかったのか?今福島県や北関東は国家によって“無法地帯”にされている。

 まず福島県から北関東にかけての放射性物質セシウム134、137の沈着量の測定結果を図に示す。

 このコーナーNo.664「原発事故から半年・・・事故処理への国費投入の合理性」で示した『放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律』に基づく“放射線管理区域”の設定基準を再掲しておく。


管理区域の設定基準

1.外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv
2.空気中の放射性物質の濃度については、3月についての平均濃度が空気中濃度限度の1/10
3.放射性物質によって汚染される物の表面の放射性物質の密度については、表面汚染密度(α線を放出するもの:4Bq/cm2α線を放出しないもの:40Bq/cm2)の10分の1
4.外部放射線による外部被ばくと空気中の放射性物質の吸入による内部被ばくが複合するおそれのある場合は、線量と放射能濃度のそれぞれの基準値に対する比の和が1


 冒頭に示した図は、現在の環境放射線の基準核種であるセシウム134,137の沈着量を示しているので、管理区域の設定基準3.の『α線を放出しないもの:40Bq/cm2』の1/10である地域が放射線管理区域に該当する。これを図の単位に換算すると以下の通りである。

40×1/10 Bq/cm2=4×100×100 Bq/m2=40000 Bq/m240kBq/m2

 つまり冒頭の図の凡例において赤の枠線で囲った範囲を放射線管理区域として設定し、『一般人の立ち入りを禁止』しなければならないというのが日本の法律なのである。
 まず、放射線管理区域と指定すべき地域の広範なことに暗澹たる思いである。もし日本が法治国家だとすれば、残念ながら福島県の東半分は全く人の住める状況ではない。それどころか放射線管理区域に指定すべき範囲は県境を越え、宮城県南部と北部の岩手県境に接する一部、そして驚くべきことに栃木県・群馬県においても北西地域半分程度は人の住める状況ではないことが分かる。更に茨城県霞ヶ浦の南の牛久市を中心とする一帯、地図には示されていないが新潟・長野・千葉・埼玉・岩手県の一部にも放射線管理区域に指定すべき汚染地域が広がっていると思われる。
 そしてこの地域の放射性物質による汚染状況は、通常の管理された環境における放射線管理区域とは異なり、放射性物質は表土や塵埃に紛れ、あるいは地表水・地下水に混入しているため絶えず流動しているのである。通常の管理された環境における放射性物質であれば、たとえ管理区域に立ち入ったとしても放射性物質を吸引して内部被曝することはほとんど考えられない。しかし、原発事故の汚染地域では浮遊する放射性物質が呼吸や食物摂取を通して不断に体内に取り込まれるため、内部被曝は避けようが無いであろう。その意味で、むしろ通常の放射線管理区域以上に危険である。

2.広大な汚染地域に対して“除染”は可能か?

 細野原発事故担当相は、除染すれば全ての問題が解決するような発言を繰り返している。
 放射性物質の放射能を化学的に無能化する技術は存在しない。除染とは、放射性物質が相対的に高濃度に混入した物質をある場所から取り除くという意味しか無い。取り除いた物質はどこかに集積することになるため、どこかで放射線レベルが低下すれば、どこかの放射線レベルは高レベルになるのであり、全体として放射性物質が減少することは無い。
 そこでまず問題になるのが、放射能に汚染された土壌や瓦礫の量が莫大になるため、その保管場所をどうするかという問題である。更に、集積した比較的高レベルの放射能汚染物質を周辺環境に拡散しないように長期間安定的に管理できるかどうかという問題である。
 現状ではこの二つの課題は全く解決されておらず、能天気な細野原発担当相が言うように除染さえすれば問題が解決するどころか、解決の技術的な糸口さえまったくついていないのである。

 現在、学校などの施設や通学路など、汚染地域の中の点や線の除染が試みられているが、おそらく効果が無いであろうとこのコーナーNo.647「耳障りのよい非科学的な政策・・・」等で触れてきた。これについて神戸大学のチームのレポートが公開されたので紹介する。

放射能汚染レベル調査結果報告書
渡利地域における除染の限界*
山 内 知 也
神戸大学大学院海事科学研究科


 結論部分を転載する。


まとめ

福島市渡利地区の空間線量を計測した。

・6月の調査で見つかった40,000 Bq/kg を超える汚染土壌が堆積していた道路の側溝はそ
のまま放置されていた。堆積した土壌表面の線量は6月の7.7 μSv/h から22 μSv/h に、11
μSv/h から23 μSv/h に上昇していた。降雨と乾燥とによる天然の濃縮作用が継続している。

・住宅の内部で天井に近いところで、あるいは1 階よりも2 階のほうが空間線量の高いケ
ースが認められたが、これらはコンクリート瓦等の屋根材料の表面に放射性セシウムが強
く付着し、高圧水洗浄等では取れなくなっていることに起因することが判明した。学童保
育が行われているような建物でもこのような屋根の汚染が認められた。

・渡利小学校通学路除染モデル事業が8月24日に実施されたが、報告された測定結果に
よれば、各地点空間線量は平均して「除染」前の68%にしか下がっていない。除染作業の
実態は側溝に溜まった泥を除去したということであって、コンクリートやアスファルトの
汚染はそのままである。道路に面した住宅のコンクリートブロック塀や土壌の汚染もその
ままである。一般に、除染は広い範囲で実施しなければその効果は見込めない。今回の計
測において通学路の直ぐ側の地表で20 μSv/h に及ぶ土壌の汚染があった。除染というから
には天然のバックグラウンド・レベルである0.05 μSv/h に達するかどうかでその効果が評
価されるべきである。「除染」の限界が示されたと見るべきである。

・薬師町内の計測を行ったところ、国が詳細調査を行った地域から外された地点で高い汚
染が認められた。ある住宅の庭では1 m 高さで2.7 μSv/h、50 cm 高さで4.8 μSv/h、地表で
20 μSv/h の汚染が認められた。これは南相馬市の子ども・妊婦の指定基準(50 cm 高さで
2.0 μSv/h)をゆうに超えている。

・渡利地区では、地表1 cm高さでの線量が異常に高い値を示す箇所が随所に見られる。こ
の地区全体の土壌汚染に起因すると思われる。土壌汚染の程度については、特定避難勧奨
地点の検討項目になっていないが、チェルノブイリの教訓に学び、空気の汚染にも直接関
係する土壌汚染の程度について、避難勧奨の判断に反映させるべきである。

・文字通りの「除染」は全く出来ていない。Cs-134 の半減期は2年、Cs-137 のそれは30
年である。したがって、この汚染は容易には消えず、人の人生の長さに相当する。そのよ
うな土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない。


 レポートに報告されているように、広範囲にわたる汚染地域に極めて流動性の高い状態で存在する放射性物質に汚染された物質を、部分的に取り除くことは事実上不可能だと思われる。汚染地域では土壌からは常に表土が大気中に舞い上がり、あるいは雨水などの表面水で流され、移動し続けている。一旦除染したとしてもすぐに周辺環境から放射性物質が供給されることになるのは当然である。しかし冒頭の図に示す広範な汚染地域全ての表土と植生を剥ぎ取ることも現実的には不可能である。つまり、現状ではこのような広範囲の放射性物質に対する汚染に対する、有効な除染技術は存在しないのである。
 旧ソ連チェルノブイリでは37kBq/m2以上の地域が「汚染地域」とされた。これは従来の日本の放射線管理区域の設定基準である40kBq/m2に相当する。汚染地域として立ち入りを禁止したソ連に学ぶべきではないだろうか?

註)旧ソ連の37kBq/m2という数値は、37000MBq=1Ci(キュリー)という単位から定められている。Bq(ベクレル)とは放射能の強さを表す単位で、1秒間に一つの放射性原子が核崩壊して放射線を放出する状態が1Bqである。旧ソ連の汚染地域の設定は1.0 Ci/km2=1.0×1/1000000 Ci/m2=1.0μCi/m2=37kBq/m2である。これは、1秒間1m2当たりで37000個の放射性原子が核崩壊することを意味する。

 日本政府は来年度予算に少なくない除染費用を計上しようとしているが、現状では雇用を生み出すだけで、実質的には何ら効果のない実績作りに終わることが懸念される。

3.福島市の除染計画

 既にご承知のように福島市は『福島市ふるさと除染計画 平成23年9月27日 福島市』を発表した。この中で、「市内の除染は、市が主体となって、全力で取り組みます。しかし、行政だけでは市内全域を早急に除染することは難しいことから、放射線量の低い場所など状況によって市民やボランティア 、企業等へ協力をお願いすることとします。」としている。そのために『福島市除染マニュアル』という冊子を配布している。
 確かに現状では、本来ならば国が放射線管理区域に指定して住民の安全確保のために疎開させるべき地域に住民を住まわせ続けようとしている。その中で狗肉の策として、福島市が自力で除染を行おうとしているのだと思うが、果たして正しい判断であろうか?
 まず、福島市の放射能汚染レベルが放射線管理区域に匹敵するレベルであり、通常であれば一般人の立ち入りが許されないような汚染レベルであることを市民に周知しておく必要がある。果たして市民は納得しているのであろうか?
 神戸大学のレポートにもあるように、住居や通学路など部分的な除染の効果ははなはだ疑わしいことを承知の上で、形だけの除染を行おうとしているのではないかという疑念がぬぐえない。
 更に、除染作業を行うことによって放射性物質の飛散、吸入の可能性が高まり、内部被曝はかえって大きくなる可能性が高い。このような作業に対して、作業に当たる業者、更には市民・ボランティアに対する放射性物質による被曝の危険性についての安全教育が適切に行われているのであろうか?少なくとも福島市の『除染マニュアル』ではあまりにもお粗末と言わなければならない。

4.実効のある原発事故対応の再検討を

 細野原発事故担当相や国は、安易に『除染作業』さえ行えば問題が解決するような印象を与える発言を繰り返している。しかし現実は非常に厳しく、有効な除染が可能であるとは到底考えられない。本当に原発事故被災者住民の健康と安全を第一にするならば、汚染地域からの疎開を中心とする抜本的な対策変更を考慮すべきである。
 現状の政府対応は原発事故被災者住民を放射線に曝す人体実験を行っているのではないかとさえ思われる。地元住民・地方自治体は国と東電に対して現状の違法状態を解消すべく声を上げていくべきであろう。

追記:9月29日文科省発表のCs蓄積量の分布図


No.665(2011/09/25)ドイツ放射線防護協会編
「EUと日本の食品放射能汚染制限値」

●foodwatchレポート/ドイツ放射線防護協会編「EUと日本の食品放射能汚染制限値New!

No.664(2011/09/22)原発事故から半年・・・事故処理への国費投入の合理性

1.半年間、国がしてきたこと

 福島第一原発で史上最悪の事故が起こってから、早くも半年が経過した。この間、原発事故に対する国・東電・原発御用学者の無能で不誠実、そして国民の生命を軽視する姿が明らかになった。
 菅前民主党政権は、ことさら事故を軽微なものに見せかけようと隠蔽を重ね、事故当初において避けられたはずの高レベル放射線被曝者を大量に生み出してしまった。退陣した菅直人は共同通信のインタビューに次のように答えた。


大分合同新聞9月19日朝刊

 原発事故後に電源を喪失した段階で、最悪の場合として炉心溶融から水素爆発・水蒸気爆発・核爆発の危険性があることは素人でも想像できる。
 記事によれば菅直人は複数の関係機関のシミュレーションから深刻事故の発生と、最悪の場合広範囲に放射性物質を放出する危険性があることを認識していたのである。それにもかかわらず菅直人は政権のスポークスマンである枝野前官房長官(現経産相)を使って、事故は軽微であり、『直ちに健康に被害は無い』として大規模な避難指示を行わなかった。その結果、おそらく避けられた高レベルの放射線被曝者を多数生み出してしまった。菅前政権の行動は少なくとも未必の故意に相当し、正に万死に値する背任行為であった。
 この姿勢は現政権でも本質的に変わっておらず、相変わらず情報は限定的にしか公表されず、科学的な裏づけの無い楽観論を振り撒き、その実、直接の被災者住民や国民に対して無用な被曝を押し付けている。

 国が福島第一原発事故の発生後に行った最大の政治的対応は、原発事故という『緊急』の場合に対する『暫定的』な放射線に対する国の基準値の緩和である。
 通常では、一般人に許容される年間被曝線量の上限値は1mSv/年と定められてきた。これが原発事故後は『暫定的』に一気に20mSv/年に引き上げられた。これは日常的に放射線管理区域に立ち入って放射線を浴びる可能性のある労働者の受忍限度として定められた値であり、安全の基準では無いことは言うまでも無い。
 国は半径20km圏内を災害対策基本法に基づく警戒区域に設定し、半径20km圏外では、飯舘村の全域と川俣町の一部、半径20km圏内を除く浪江町と葛尾村の全域、南相馬市の一部を「計画的避難区域」に指定し、その他の地域では推定積算放射線量20mSv(3.2μSv/h)を目安に「特定避難勧奨地点」を設定した。
 つまり国は、20mSv/年という被曝線量を超えなければ、その場所で生活することを容認(強制?)しているのである。これはとんでもない話である。これを『無視』して自主的に避難する住民は救済の対象から除外するというのは言語道断である。
 『緊急』とは何か、『暫定』とはいつまでなのかを明確にしなければならない。原発事故当初において、半減期の比較的短い放射性ヨウ素131(半減期7.7日)による高い放射線レベルにあった環境を『緊急』の状況ということは可能かもしれない。環境放射線の主体が放射性ヨウ素131である期間を『暫定』的な期間ということは出来るかもしれない。
 しかし放射性ヨウ素131は事故当初において福島第一原発の周辺住民を高度に被曝させた後に急速に減衰し、現在の環境放射線の主体となる基準核種は放射性セシウム137(半減期30年)であり、短期的には環境放射線レベルはほとんど変化しないのである。このような状況下では暫定基準で対応すべきではなく、通常の放射性物質に対する基準値を用いるべきである。

2.立ち入り禁止地域の設定について

 日本では『放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律』によって、放射線障害を防止することが定められており、その中で一般国民の無用な放射線被曝を避けるために立ち入りを規制する『放射線管理区域』の設定が定められている。既に原発事故当初における状況が急激に変化する緊急の状況を脱している現在、住民の避難措置の根拠とすべきは放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に定められた放射線管理区域の基準である。
 放射線管理区域の設定の基準を以下に示す。


管理区域の設定基準

1.外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv
2.空気中の放射性物質の濃度については、3月についての平均濃度が空気中濃度限度の1/10
3.放射性物質によって汚染される物の表面の放射性物質の密度については、表面汚染密度(α線を放出するもの:4Bq/cm2、α線を放出しないもの:40Bq/cm2)の10分の1
4.外部放射線による外部被ばくと空気中の放射性物質の吸入による内部被ばくが複合するおそれのある場合は、線量と放射能濃度のそれぞれの基準値に対する比の和が1


 文部科学省による福島第一原発周辺の1年間の積算線量の推定値を次の図に示す。

 

 管理区域設定基準の1.に示された1.3mSv/3月=5.2mSv/年を考えると、図の5mSvのコンター(一番外側の紺色の線)で囲まれた範囲が概ね放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に定められた放射線管理区域として設定すべき範囲となる。つまりこの範囲は立ち入り禁止地域にして一般人の立ち入りを禁止すべきである。
 現状では、20mSv/年未満の地域に住民の居住を容認しており、これは明らかに違法状態である。細野原発担当相は早急に除染を行い計画的避難区域の解除を行い住民をできるだけ早く元の住居に戻したいという意向を示したが、これはとんでもないことである。元の居住地域に帰還させるための条件は少なくとも1mSv/年を確実に下回るような環境条件が確認された場合に限られる。

3.放射性物質に汚染された食品の基準

 原発事故後、能天気な人の中には、おそらく善意から、安全性の確認された原発被災地の農林水産物を積極的に消費しようという安易な発言をする人がいる。彼らの言う『安全』とは何なのであろうか?もし彼らの言う安全が、抜き取り検査で国の暫定基準を満足しているということであれば、無責任の謗りを免れないであろう。

 日本の食品安全基準では、福島第一原発事故前の放射能に対する基準は、例えば飲料水に対して10Bq/kg(毎1キログラム当たり10ベクレル)であった。ところが原発事故後、3月17日に発表された厚労省の通達で暫定的に次の値を用いるとした。


現在の主要放射線核種は放射性セシウム137である。前述の通り、放射性セシウム137の半減期は30年と比較的長いために、短期的にはほとんど減衰することは無いので、例えば飲料水に対して放射性セシウム137の暫定基準値として通常の10Bq/kgの20倍の200Bq/kgを使用することには何の合理性も存在しない。
 これに対して、福島第一原発事故の後、ドイツ放射線防護協会は次のような提言を行っている。

つまり、飲食物に対して乳児〜青少年に対しては4Bq/kg、成人に対しては8Bq/kgという値を用いるべきだと提言している。
 日本の食品に対する放射能の暫定規制値はあまりにも高い値であり、しかも検査は抜き取りであるため、とても放射線障害に対する安全性を担保できるものとは考えられない。

 勿論、放射線障害に対する知見は未だ確立されたものではない。外部被曝の積算実効被曝線量として100mSvを超えると、かなり普遍的に急性の放射線障害が認められることが分かっている。しかし100mSv以下ではどのような影響があるのかを身体症状として明確に指摘することは難しい。しかし予防原則から放射線被曝量には閾値は存在せず、危険性は実効被曝線量に比例するとする考え方が世界的に定着している。
 これは、線量が少なくとも放射線に被曝することによって体細胞の遺伝子が傷つくという物理的な現象は必ず起こっており、それが疾病として身体症状が発現するかどうかは条件によって異なるので、危険性は実効被曝線量に比例するものとする考え方は現実的な判断だと考えられる。
 これに対して、経口あるいは呼吸器を通して放射性物質を体内に取り込んだ場合の内部被爆は外部被曝とは状況が異なる。体内に取り込んだ放射性物質からの放射線は距離ゼロで細胞遺伝子を攻撃するのでその危険性は外部被曝よりもはるかに高いと考えられるが、外部被爆以上に疫学的な情報は少なく、定量的な基準を定めることは外部被曝以上に極めて難しい。
 このような状況から、放射性物質を含む食品は出来る限り摂取しないことが原則である。本当に緊急事態で放射性物質に汚染した食物しかなく、これを摂取しなければ餓死するような状況であるのならばともかく、そうではないのであれば摂取すべきではない。少なくとも、暫定基準値として通常の基準値を20倍も上回る値を使用することに何の合理性も存在しない。
 また、放射性物質による土壌汚染が顕著な土地は農地として使用すべきではない。これに対して早く農業を再開させるであるとか、放射性物質に汚染された農産物でも放射能が暫定基準値位以下なら積極的に消費しようというのは全く非論理的な対応である。
 勿論長く住み暮らした土地や農地を失うことは苛酷なことであることは理解するが、原発事故という災害が発生してしまったのであり、これは甘受するしかない。次善の策として、代替農地の手当てを含めて、被災者の生活再建を保障することが東電の義務であり、これを要求していくことが必要である。

4.原発事故は刑事事件

 今回の福島第一原発事故は、その直接の原因が東北地方太平洋沖地震および津波であることから、ともすると自然災害と同一視されている。しかしこれは本質的に誤りである。
 国・東電はいかなる地震・津波に対しても原子力発電所は安全であるということを前提に営業運転を行っていたのである。つまり、この原発の事故原因は地震や津波ではなく、地震や津波に耐えられない原発を建設したことであり、事故が起こった場合の安全対策を怠ってきた東電の安全管理義務違反である。更に、それを黙認した監督者としての国の無能なのである。つまり原発事故は刑事事件の対象とすべきものである。
 東電は原発事故によって放射性物質を周辺環境に撒き散らし、広範囲の日本国民を放射線に被曝させた。これは他者に対する遺伝子レベルの傷害行為であり、業務上過失致傷ないし業務上過失致死罪である。多少なりとも被害を受けた被害者はおそらく日本国民の全てにとどまらず、今後、地球上の多くの人々にまで及ぶことになる。更に放射性物質で大気・水・土壌を広範囲で汚染した罪も重大である。

5.原発事故処理に対する国費支出の妥当性 〜 盗人に追い銭

 国や地方自治体は原発の事故処理に対して、既に除染などに対して公費を投入している。今年の第三次補正予算として原発事故対応にも莫大な予算を計上しようとしている。しかしこれは法的には全く妥当性が無い。
 通常、私企業が工場で事故を発生させ、周辺環境や住民に対して被害を与えた場合、これを復旧するのは企業であって、国は監督官庁として企業に対して指導を行う立場であり、自ら直轄で復旧を行うことはありえない。
 震災による自然災害復旧に対して国が責任を持つのは当然であるが、原子力発電所事故という東電を原因とする100%人災に対してはこれを峻別して対応しなければならない。
 しかし現実にはこの両者を明確に分けることは難しいこと、原発災害の復旧費用を東電一社で負担することは不可能であるという意見が聞かれる。現実的には尤もである。ではどうすればよいのか?
 選択肢は無い。東電の経営権を国に移管して原発処理が終了するまで国営で運営する外ない。緊急避難として国費によって速やかに被災者の救済・事故処理を行い、同時に国の管理下で出来る限り東電の資産を売却してこれを国庫に返還する以外に合理的な対応は無い。これによって、電力会社が強硬に反対している懸案の発送電分離も可能になる。
 この期に及んでなし崩し的に国費を投入して、東電を私企業として存続させるという虫のいい目論見は、正に“盗人に追い銭”であり、とても許されることではない。

6.悪しき前例を作らないために

 野田政権は原子力発電を維持していくことを鮮明にした。その結果、当面は原発が再び事故を起こす可能性が否定できない。今回の福島第一原発の事故処理という私企業である電力会社による犯罪行為の尻拭いに対して、なし崩しで国費を投入し、その付けを国民に対する増税によって処理させてはならない。
 原発立地点周辺住民は、原子力発電所再稼動において、原子力発電所を保有する電力会社に対して、
@日常的な放射能観測体制の確立を約束させた上で、
A重大原発事故発生を前提とした安全対策を具体的に示し、
B損害賠償ならびに原発災害からの復旧の範囲を明らかにさせ、
Cその全ての資金を、国庫からの援助=すなわち国民負担を求めず、自らの資金だけで全てを賄うこと
を担保できなければ、操業再開を認めないという強い姿勢を示すことが必要である。

No.663(2011/09/17)枝野経産相・・・やはり鉢呂氏は嵌められた?

 鉢呂前経産相の後釜が枝野前官房長官とは呆れ果てた。枝野と言えば、菅前内閣において、原発事故で最も重要な初期対応を完全に失敗し、地元住民に避けられたはずの大量の放射線被曝等の事故後の被害拡大をもたらした責任者の一人である。しかも、『メルトダウンなどの重大な事故ではない』『放射線レベルは直ちに影響の出るレベルではない』と繰り返し発言し、国民を欺き続けた張本人である。今後の被曝の影響を考えれば、まさに万死に値する大罪を犯した張本人であり、何の反省もなく今度は経産相に就任するとは一体どういうことか?! 
 これに対する社民党の福島瑞穂の『原発事故に精通した人選である』というとぼけた評価にも呆れ果てた。社民党の愚かさも最早手が付けられないようである。

 鉢呂氏は、就任直後、老朽化した原発は廃止することになり、上関などの原発の新設は無理であろうと発言した。また、ちきゅう座の記事によると、「総合資源エネルギー調査会は私(=鉢呂氏)が着任する前の6月段階で、すでに委員の顔ぶれが内定していた。全部で15人のうち3人が原発反対派で残りの12人が賛成派だ。私は事故を受けて、せめて賛成派と批判派が半数ずつでないと、国民の理解は得られないと思った。それであと9人から10人は反対派を加えて、反対派を合計12、3人にするつもりだった。委員に定数はないので、そうすれば賛成と反対が12人くらいずつで半々になる」という考えを示し、追加委員候補の選任を行っていたようである。
 このような発言を聞き、経産省の事務方や電力業界は鉢呂経産相を危険と判断し、マスコミを使って追い落としを図ったのではないか?そしてその後釜に座ったのが原発事故を過小評価して、東電や御用学者の説明を垂れ流した功労者である枝野である。
 この人選を見ると、野田内閣の原発政策は最早見えたように思える。原発の運転再開は秒読み段階に入ったようである。

No.662(2011/09/14)再生可能エネルギー特措法に反対する会

 

 ご存知の通り、このHPでは3月11日の福島第一原発事故発生以降、原子力発電所の運転停止と同時に、政府が『再生可能エネルギー』と名付けた自然エネルギー発電の導入に反対してきました。その理論的・技術的な背景は既に繰り返し述べてきましたので敢えてここでは繰り返しません。
 福岡市では九電本社前に脱原発のテント村が常設されています。この9月11日には福岡市でも福島第一原発事故発生半年を迎えて『脱!原発サウンドデモIN福岡』が行われました。

 

 いわゆる市民運動には個人的に悪い思い出があり、あまり近づかないようにしてきたのですが(笑)、脱原発と再生可能エネルギー導入をセットとして推し進める愚かな風潮に危機感を感じ、この風潮に一石を投じる意味で不知火書房の米本氏と2人で“再生可能エネルギー特措法に反対する会”を結成し(笑)、11日のデモにおいてビラを配布しました。もし賛同される方がいらっしゃいましたら、ビラはご自由にご利用ください。

 しかし、見事にマスコミ諸君は9.11の脱原発のデモを無視していますね。日本の情報操作あるいはマスコミ・報道機関の自主規制はまさに戦前・戦中と変わりないようです。日本は自由な国などと能天気なことを言っている大多数の国民には呆れ果てるばかりです。

No.661(2011/09/13)NHKお馬鹿番組の記録L電力とエネルギー

●2011年9月13日(火)午前7:00〜
●NHK総合 おはよう日本
●報告 市瀬 某

 フランスの低レベル核廃棄物処理施設の爆発事故に関する現地記者の報告で、フランスの原子力発電について、『エネルギー供給の80%程度を占める・・・』と報告していた。あきれた。全くフランスのエネルギー状況を知らない人であっても、常識的にエネルギー供給量の80%以上が電力であるなどというのはおかしいと思うものである。私がこのニュース番組を見ていた間には訂正は入らなかったので、NHKの多くの諸君はこの誤りに気づかなかったのだと思う。もう読者諸賢はお気づきと思うが、正しくは『フランスの電力供給の80%程度が原子力』である。ついでに、最近の数値を次の図に示しておく。

 

 

 おそらく、フランスの最終エネルギー消費に占める原子力発電電力の割合は多めに見積もって、熱量換算で15%程度であろうと思われる。

 昨今の日本におけるエネルギー論議では、なぜか意図的に今回の報道のような勘違い(エネルギー量と電力量の混同)をさせようとしているように思えてならない。このHPではすでに何度も紹介しているように、日本では最終エネルギー消費において、主要なものは石炭・石油・天然ガスであって、電力の比率は20%程度に過ぎない(原子力はその内の30%程度なので最終エネルギー消費の6%程度ということである。)。全ての電力供給を非火力発電にしたところでエネルギー供給の主要部分は相変わらず石炭と炭化水素燃料なのである。


No.660(2011/09/11)原発事故対応は心情ではなく科学で そのA
〜言葉狩りしか出来ぬ無能なマスコミを憂う〜

 野田内閣成立早々に、閣僚の失言が続いている。小宮山のタバコ\700発言などは職掌を逸脱した認識不足のご愛嬌である。そんなに目くじらを立てる程のことではない。
 この間最大の問題発言はこのHPでもすでに述べた前原のワシントンにおける自衛隊の武器使用制限緩和と武器輸出3原則という、日本の平和国家としての憲法理念に係る問題について米国において発言したことである。私はこの軽々しい行動だけでも彼の政調会長という立場に鑑み、更迭に値すると考える。

 さて、そのような中で鉢呂経産大臣が辞職することになった。別に鉢呂氏を特別擁護するつもりは無いが、その原因が無能なマスコミ・記者クラブによる言葉狩りであることは・・・。特に鉢呂氏が原発周辺の地域を視察した後に、その様子を「死の町」と表現したことは率直な感想であろう。
 例えば、『日本国語大辞典』によれば「ゴーストタウン/〔名〕({英}ghost town ) (アメリカ合衆国西部などで)住民がいなくなって、街なみだけはそのまま残っている町。ゴールドラッシュで一時栄え、鉱山を掘りつくして住民に見捨てられた町など。・・・」となっている。
 まさに原発の交付金で栄えていた町がその崩壊で住民が居なくなってしまった様子を表す表現として“ゴーストタウン=死の町”はその状況も含めて極めて適切だと考える。

 こんな言葉狩りを大きな記事にして悪人の首をとったように得意顔をする愚かなマスコミ・報道機関の低劣さには呆れ果てる。このような瑣末な問題を大きく取り上げる一方で、行政や御用学者のお手盛りの安全宣言や、住民、特に子供たちの命を犠牲にする放射性物質に対する暫定基準値を吟味するまともな記事の一つも書けず、放射性物質の拡散による実体のある汚染を『風評』などという言葉で免罪してしまう愚かさには手が付けられない。
 武田邦彦氏の発言、そして鉢呂前経産相の『死の町』発言にしろ、確かに地元の住民にとっては決して心地よいはずは無いが、それが現実である。まずこの現実を直視した上で、この事態を招来した国の原子力行政とその実行者である東京電力をはじめとする企業、これに協力してきた東大を頂点とする原子力研究の御用学者たちであることをはっきり認識することが必要である。

No.659(2011/09/09)気象学会第二裁判など

 気象学会に対する槌田・近藤の第二論文の掲載拒否事件についての東京地裁の判決が9月7日に出ました。気象学会に対する第一論文についての裁判では、裁判所は論文内容に踏み込んで判断を行いましたが、今回はこの第一裁判の反省(?笑)に立って、論文内容には一切触れず、学術論文を機関紙に掲載するか否かは日本気象学会の内部の問題であり、一般社会の言論の自由の問題ではないという判断を行いました。また論文内容が現在の日本の国策に大きく関連しており、国民にとっても重大な問題であるという主張も一切考慮されませんでした。
 大変残念な結果ですが、これがこの国の司法の能力の限界なのだと思います。原告の槌田さんは福島第一原発事故対応で忙殺されていることから、この気象学会裁判についてはここまでとし、東大裁判に集中する方向で検討中です。
気象学会裁判経過
気象学会第二裁判 判決文

 東京大学裁判は現在進行中で、被告東京大学側証人に対する尋問を行う準備手続きが行われています。対象とする被告側証人は次の各氏です。

小宮山宏 前東大総長、三菱総研理事長
明日香壽川 東北大学教授
濱田 純一 東大総長
住明正 東大教授
山本政一郎 産総研職員

 原告側の求釈明書とこれに回答する形の被告側準備書面をまとめたものを資料として示します。

東大裁判経過
求釈明/被告準備書面

No.658(2011/09/08)早くも米国に擦り寄る売国奴前原

 親米(米国盲従?)タカ派の民主党の前原政調会長が早くも本領を発揮し始めました。ワシントンでの講演において、米軍の補完部隊としての機能を発揮するために自衛隊のPKO活動における武器使用条件の緩和と武器輸出3原則の見直しを表明しました。まさに彼には売国奴という呼び名がふさわしいと思います。
 この“勇み足”には防衛大臣が火消しの会見を行ったようです。

 

No.657(2011/09/08)原発事故対応は心情ではなく科学で
〜一関市長と武田邦彦氏の意見〜

 福島第一原発事故発生以後、現在に至るまで、国と東電は一貫して事故を過小評価し、あるいはその深刻な実情を隠蔽しながら住民を欺き、非現実的な楽観論の下、結果として地元住民に避けられた無用な被曝を強い、また今もそれは続いています。
 国や東電の言い分を信じる善意の(能天気な?)人々は、安易に東北産の農産品・水産物を買って食べようなどと無責任なことを吹聴しています。狡猾な国や東電はこれに乗じて汚染の実態は隠しながら、「地元住民は早く元居た場所に戻ることを希望している」「農家は早く作付けしたいと言っている」という理由で放射性物質で汚染された地域に住民を戻し、農業生産を行わせようとしています。
 勿論、住民が元の生活に戻りたいと思い、農業を行いたいと思うのは当然です。しかし、本来ならば国は汚染の実態や放射性物質の危険性を周知して、住民を汚染地域から退避させ、新たな生活基盤の構築にこそ最大の助力を行うべきです。国や東電は住民に対する賠償費用を抑えるために住民の健康=命を犠牲にさせようとしているのです。

 国のこうした不誠実な対応によって、地方自治体や地元住民は原発事故の現状について誤った認識を持っています。基本的に原発事故対応の方向は単純です。環境に放出された放射性物質を出来るだけ拡散させずに管理することです。そして住民は出来るだけ放射線レベルの低いところに退避することです。
 国は地元住民を欺きながら、一方では耳障りのよい非科学的な事故対応をしようとしています。既にこのHPで触れた細野原発事故担当相が放射性物質に汚染された瓦礫を県外処分するなどという愚かなことを発言しています。また、放射性物質によって汚染された農産品を出荷させないことも食物連鎖による拡散を防ぐ意味で重要です。

 さて、テレビ番組で中部大学の武田邦彦氏が、番組に寄せられた子供の質問に対して、東北地方で生産された農産品を食べると健康を害する可能性があることを率直に述べたことに対して一関市長が抗議したことが新聞報道されました。確かに心情的には一関市長の気持ちは分かりますが、放射能に汚染された農産品が健康を害することは当然であり、条件が許すならばそれは食べるべきではない、特に子供は食べるべきでないという武田氏の発言は科学的であり、誤ったことは述べていません。一関市長が抗議すべき相手はいい加減な対応を取っている国や東電です。

 この件について武田氏のブログの記事を以下に紹介します。


一関市長さんへのご返事

一関市長さんにはさきほど、同じ内容のメールを差し上げましたが、メールは私信ですので市長さんのご了解を得ましてブログにて公開いたします。

・・・・・・・・・(市長さんからのメール)・・・・・・

中部大学教授 武田邦彦様

あなたが、9月4日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」に出演中、一関市の名前を出しながら、今生産するのが間違っているとか、畑に青酸カリが撒かれた、青酸カリをのけてから植えてくれ、東北の野菜とか牛肉を食べたら健康を壊す、などと発言したことに対して、地元自治体の首長として強く抗議します。

あなたは、発言を取り消すつもりはないとも語っていましたが、本当に取り消す考えはないんですか。それを確認の上、今後の対応を考えていきます。

岩手県一関市長 勝部 修

・・・・・・・・・(以下、ご回答です)・・・・・・

岩手県一関市 勝部 修市長殿

メールでお問い合わせをいただいた件、内容ごとにご返事を差し上げます。

1. 「畑に青酸カリがまかれた」について

テレビで発言するにあたり、できるだけわかりやすく、しかも科学的に間違いの無いように配慮しました。放射性セシウム137の{成人、経口}での50%致死量は0.1ミリグラム程度です。これに対して青酸カリは{成人、経口}で50%致死量が200ミリグラム程度ですから、青酸カリの方が約2000倍ほど毒性が低いという関係にあります。

「放射性物質は目に見えない」と言われますが、科学的には「あまりに毒性が強いので、目に見えないほど微量でも死に至るもの」と言えます。従って、青酸カリは一般的に猛毒であることが知られており、かつ単離しうる化合物であることから青酸カリを例に出しました。

つまり、放射性セシウムの方が青酸カリより約2000倍の猛毒であり、それが一般的に知られていないので驚いた方もおられると思いますが、このようなことこそ政府などが国民に知らせ、除染しないまま作物を生産するのに慎重にならないいけないと思います。

2. 一関に触れたことについて

すでにこのブログで紹介していますが、国、自治体などが測定した空間線量をある専門家が地図にしたものによると、東北では、福島の浜通り、中通り、岩手の一関の汚染が国内法の規制値を超える可能性があります。ご存じの通り、日本の法律では放射線に関係して一般人の被曝を1年1ミリシーベルト以下にすることを求めています。事実、東電の事故の後も保安院が東電の社員(もしくは下請け、成人)が1年1ミリシーベルト以上浴びたとして東電を処分しております。また「放射線に汚染されたものではない」という限界(クリアランス・レベル)はさらに100分の1の「1年に0.01ミリシーベルト以下」と定まっており、違反者には懲役1年以下の罰則が定められています。従って1年1ミリシーベルトを超える可能性が高い地域として福島はすでに認識されていますので、それに加えて一関をあげました。

文科省は1年20ミリシーベルトへ被曝限界をあげましたが、この基準は福島県の児童・生徒のみなのか、または福島県でも線量率の低い地域も多いのですが、そこも含むのか明確ではありません。また食品汚染の基準値も1年に5ミリから20ミリと高く、東北を中心として自治体などで法律を守ることを積極的に示しているところは少ないように思います。

このような現状を踏まえ、またお子さんのご質問が「東北の」ということでしたので、私も「東北」と答えていますが、これを「福島の」と言っても福島のすべての野菜がすべて汚染されているわけではありませんので、厳密性に違いはありません。外国人なら「日本の」と質問するでしょうし、お子さんが「東北」とお聞きになったのは適切と判断しました。

3. お子さんの質問を大人の問題としてとらえたこと

テレビではお子さんは「東北の野菜を食べると体はどうなるか?」という趣旨の質問をされました。これに対して私は「東北の野菜を出荷するな」という趣旨で発言しました。これは、子供の被曝の問題を大人の問題としてとらえなければならないと考えたからです。つまり、仮に私がお子さんの質問を正面から答えると「汚染されている野菜を食べると被曝して**になります」ということになりますが、それでは私が考える真の意味での回答になっていないと思います。

つまり、子供が被曝しているのは大人の行動が原因しています。だから、お子さんには心配の原因を除くという回答が必要です。仮に東北の農作物がすべて「ベクレル表示」されて販売されていれば、「**ベクレル以下は大丈夫です」とより科学的に答えられますが、スーパーなどで販売されるとき「**産」と表示されていること、国の暫定基準値が大きく1年1ミリシーベルトを超えているという現実があり、お子さんの質問に直接回答するののは不適切と考えました。

以上、私の見解を書かせていただきました。一関市を預かっておられる市長さんとはご意見が異なるかも知れませんが、私は日本国憲法が保証している学者としての学問の自由と国民としての言論の自由のもとに発言しております。

学者が学問的見地から発表したことを、政治、行政などがどのように解釈し、それを参考にするかは政治、行政側の問題であり、学者は学問的良心に基づくべきで、社会的なことを過度に配慮してはいけないと考えています。また、発言は私の科学的判断と正直な気持ちでそのまま言っておりますので、恐縮ですが事実ですから取り消しはいたしません。

なお、お子さんの被曝に関する私のスタンスについて触れさせていただきたいと存じます。

すでにこのブログで再三、書いていますが、私の見解は今回の事故で、農家の方もお子さんも東電の被害者なのです。ただ、農家の方は発言や行動をすることができますが、お子さんは声を上げるのが困難です。その点では保護者の方も苦労されていますが、組織的な動きが難しいので辛い思いをされている方も多くおられます。その点では農家の方とお子さんが一刻も早く「被害者という状態」を脱しなければならないと思っています。

そのため、事実を隠すのではなく、むしろ積極的に毒物を除く除染を東電(できなければ当面は国)が全力でやるべきです。事故から半年ほど経っても「猛毒を他人の土地にまいて知らぬ顔」です。それを住民の健康を預かる自治体や正しい情報を提供すべきマスコミなどの日本社会がそれを指摘しないことを歯がゆく思っています。この際、農家の方、お子さんの保護者の方、自治体の方が力を合わせて東電に「直ちに除染して、もとの綺麗な国土に戻せ」と求めるのは当然と思います。

しかし、現実は「我慢しろ」、「そのぐらい大丈夫だ」。「痛みを分かち合う」というように東電がやらなければならないことを国民に転嫁し、正常な国土に戻す行動を遅らせる動きもあります。このような動きは近年に起こった食品関係の問題と比較するなら、きわめて特殊で、「東電は大きな会社だから追求しない」と感じられます。

でも、その間にも子供は給食などで被曝しており可哀想と思っています。またお母さんは毎日のように食材を選ぶのに苦労しておられます。一刻も早く、除染の加速とともに、生産者、流通が「食材のベクレル表示」をしていただきたいと希望しています。

一関をもとの美しい状態に戻すために市長さんが大変なご努力されていると思います。是非、早くもとの姿に戻ることを期待しております。

草々

武田邦彦


 

No.656(2011/09/06)阿武隈裏日記からA

 このHPのリンクサイトである鐸木さんの『阿武隈裏日記』から最近の2編の記事を紹介しておきます。尚、このコーナーNo.619『「チェルノブイリの○倍/○分の一」というトリック』で阿武隈裏日記の記事を紹介していますので、今回はそのAということになります。


川内村のカエルたちに未来はあるか ― 2011/09/01 16:08



2008年のモリアオガエルの子

これは変態直後のモリアオガエル。まだ尻尾が残っているが、まるまると太って緑色の発色もよい。変態後に池や沼の周りの草木に登って、しばらくじっとしているが、そのうち森へと入っていく。
……これが正常。この写真は2008年8月に我が家の池のそばで撮ったもの。

で、今年はどうかというと……

これが今年2011年8月にかろうじて変態した直後のモリアオガエル。これは、下川内という川内村の浜側の地域、20km警戒区域ぎりぎりの水田脇樹上に産みつけられていた卵を、そのままだと真下に水がなかったので救出して、うちで孵化させてからオタマを池に放しておいたもの。
2008年のモリアオも同様に「救出卵」から孵化したオタマが我が家の池で育ったもの。条件は同じはずだが、変態直後の姿があまりにも違いすぎる。

今年生まれたカエルは、モリアオガエルだけでなく、アカガエルもアズマヒキガエルも全部小さかった。あまりに小さいと、変態後に死んでしまう。肉付きも悪い。
天候不順のシーズンでは、オタマが成長しきらずに小さなカエルとして変態することはあるが、今年の場合、7月以降、気温も上がっていたし、成長しきらない要因はあまり見あたらない。
考えられるのは、産卵〜細胞分裂時期に浴びた放射線。モリアオガエルの卵を採取した下川内の田圃脇はかなり線量が高かった。空間線量で1μSv/h前後はあった。産卵時期にはもっと高かったはず。
これが原因で小さいまま変態したのではないか……と、どうしても疑ってしまう。


ちなみに、今年は平伏沼(モリアオガエルの繁殖地として国の特別天然記念物指定を受けている)のモリアオガエルの卵は全滅した。半分くらいの卵が孵化まではいったと思うが、落ちた場所に水がなかったのでオタマはそのまま干からびて全滅。

平伏沼が渇水したのは放射能とは関係がない。
6月半ばくらいまではかろうじて水はあった。7月に入ってからすっかり水が抜け、以後、かなりまとまった雨が降った直後も水はまったく溜まらない状態になっている。
明らかに、沼周辺の山全体の保水力が低下しているのだ。
以前、沼の周囲の林を違法伐採した事件があり、その直後にも一度水が干上がった。
その後、植林したりして、ようやく水が回復してきて、毎年無事に産卵ができていた矢先に今年の完全涸渇。
保水力の低下はなぜ起きたのかといえば、滝根小白井ウィンドファームに伴う林道工事などで万太郎山の稜線から木が消えたことと、ウィンドファームへの取り付け道路が水路のようになって、雨が山に染みこまずに一気に下に流れ落ちるようになったことがいちばん大きいと思う。
しかもその取り付け道路が6月から舗装工事を始めている。雨が降っても、この道路を水が一気に流れ落ちていく。おかげで泥水が夏井川に流れ込み、イワナやヤマメが産卵できなくなった。夏井川漁協はユーラスエナジー(滝根小白井ウィンドファーム事業主)に補償を求めていたが、入漁券をまとめ買いしてもらうことでごまかされてしまったらしい。
小白井川の脇を通る県道36号線が大規模工事をして、小白井川の川岸がコンクリートで固められ、川筋もまっすぐに変えられてしまったことも一因かもしれない。また、、周辺の田圃に水が入らなくなり、広範囲にわたって土地が乾燥したことなど、いろいろな要因が考えられる。
しかし、どの要素がどの程度関係しているかは分からない。
平伏沼は来年以降も水が入らないままなのではないか。山の保水力低下は簡単には元に戻らないだろうから。

言えることは、自然環境、特に山の保水力や地下水系は簡単に激変するということに対してあまりにも鈍感だということ。無謀で無神経な工事が多すぎる。金が入ってくればいい。道路がきれいになるのだから歓迎だという姿勢。工事をやるにしても、環境負荷を少しでも減らす方法を考えるべきだが、そういう発想はまったくないようだ。

今後はいろいろな理由をつけた大規模公共工事、特に除染を理由にした森林伐採や放射性物質を含んだ土や瓦礫などを埋めるゴミ処分場工事、巨大風車やソーラー発電施設ラッシュが起きて、緑地減少が一気に進むだろう。福島は放射能汚染の後は急速に自然を失い、日本のゴミ捨て場のようになるだろう。
それを阻止しようという気概も気力も体力も知恵も、福島には残っていないかのようだ。

今年の川内村には、いつもの年にはあたりまえに、いちばん多く見られるアカガエルの姿がない。
シュレーゲルアオガエルやアマガエルも田圃に水が入らなかったために激減し、ほとんど姿が見られない。もともと数が少なく、むしろ、今までは目立たなかったツチガエルやトウキョウダルマガエルといった希少種が、汚れた用水池に集まっていたりして、相対的に目立つようになった。

東北に棲息する日本固有のカエル10種(アズマヒキガエル、ニホンアマガエル、ヤマアカガエル、ニホンアカガエル、タゴガエル、ツチガエル、トウキョウダルマガエル、モリアオガエル、シュレーゲルアオガエル、カジカガエル)のすべてが棲息している川内村。我が家の周囲数百メートル圏内でこのすべてが確認できている(カジカガエルは声だけを確認。他はすべて写真に収めた)が、今年はすっかり様相が変わってしまった。

「かえるかわうち」のスローガンが虚しい。
カエルが棲めなくなる村には人間も住めなくなるだろう。干上がった平伏沼は、今の川内村を象徴している。


 このコーナーNo.649『NHKお馬鹿番組の記録J震災復興特需を食いものにする新エネルギー』でも少し触れていますが、国の復興会議の震災・原発事故の復旧計画は、災害復旧に投下される国費を特需として大儲けをたくらむ企業にばら撒くような内容になっていることが懸念されます。
 復旧の目的は豊かであった自然環境を出来るだけ良い常態に戻して、自然の恵みで生活していけるような基盤を取り戻すことであって、豊かな森林や農地を破壊して『再生可能エネルギー発電』や『スマートグリッド』を備えた都市に作り変えることではないでしょう。地元自治体の皆さんは、災害復旧特需に群がる連中の甘言に惑わされることなく、100年先、1000年先を見通した復旧計画を立てられることを、切に願います。(近藤)


報道されない「被災者格差」問題 ― 2011/09/01 18:18

ここにきて、避難所にボランティアで入っていた人たちからいろいろな話が伝わってくる。
双葉町の避難所となったリステル猪苗代(豪華リゾートホテル)では、「被災者」が、猪苗代町の地元の人たち中心のボランティアが炊き出しで出した食事に対して、
「こんなまずい飯が食えるか」
と文句を言って、不要な軋轢を生んだという。
同じ双葉町住民の避難所となった旧騎西高校にボランティアで入っていた人たちは、避難してきた人たちが、
「自分たちは、一生、国と東電が面倒みてくれる」
「原発敷地内の草取りは時給2,000円だった。今さら時給800円でなんて働けるか」
といった会話をしているのを聞いてショックを受けたという。

無論、こんな人たちは例外で、ほとんどの人たちが苦労していることは分かっている。しかし、こうした発言は人伝えでどんどん広がっていく。
彼らは自分たちの言葉がどれだけ周囲の人たちに衝撃を与えているか理解していない。その意識のズレに気づいていないことが、まさに「原発依存体質」の証明なのだ。

ビッグパレットは福島県内最大の集団避難所になっていたが、8月31日で閉所になった。
テレビのインタビューに「寂しくなるねえ」と答えていた人たちは、それが視聴者にとってどれだけ違和感のある言葉なのかに気づいていない。
避難所周辺のパチンコ店は連日大盛況。駐車場にはぴかぴかの新車が何台も見うけられた。義援金や東電からの仮払金で新車に買い換えたという人が少なくなかったという。
避難所内ではものが溢れていて、食器や寝具、衣類なども大量に配られた。それらを何度も受け取って、自分の車に積んで村の家に運び込んでいる人も多かった。
村に残っている人たちは、ものを満載した車で時折戻ってくる隣人に、「避難所は天国だよ。なんにもしなくても毎日飯が食えるんだから。今からでもおいでよ」と言われたと、情けなさそうに語っていた。

川内村では、「緊急時避難準備区域」解除になった後も村が出した「自主避難指示」をそのまま有効だとして続けるのだそうだ。
「帰っても安全だという担保が取れないうちは戻れない」と言うが、村の子供たちは川内小学校より放射線量の高い郡山市の小学校に間借りしている。
川内村の中心部の放射線量が高くて危険だというなら、福島県内に住める場所はほとんど残っていない。少なくとも中通りにはない。

ところで、「義援金」は国や県を通じて各自治体に渡っているが、そこから先、被災者にどう分配するかは自治体が決めている。

●双葉町の場合

【一次配分】:原発避難指示世帯に対して一律40万円(国:35万円、県:5万円)
【二次配分】:3月11日時点で双葉町に住民登録があった人、および住民登録はないが町内に生活の実態があった人に対して世帯員一人あたり25万円(国:21万2000円、県:3万8000円)

●川内村の場合
【村に直接届いた義援金の分配】
3月11日現在、川内村住民基本台帳に登録していた人一人あたり5万円

【国・県からの義援金 一次配分】
3月11日現在、東京電力福島第一原子力発電所から30kmの圏内に居住していた世帯(全域該当だが、別荘や空家などは対象外)に対して一世帯40万円(国義援金・35万円、県義援金・5万円)

【国・県からの義援金 二次配分】
川内村住民基本台帳および外国人登録名簿に登録されていた人、1人あたり28万円。
川内村住民基本台帳登録のない場合で、3月11日現在居住していて第1次配分金の該当になった世帯は1世帯として28万円。

これに加えて、東電からの仮払い補償金が、一次で100万円(一世帯あたり)、二次で一人最高30万円支払われる。
 
……つまり、家が壊れていなくても、家族が全員生きていても、例えば5人家族なら
双葉町で415万円(義援金一次:40万円、二次:25万円×5人で125万円。合計165万円。東電から一次:100万円、二次30万円×5人で250万円。全部で415万円)
川内村で455万円(義援金一次:40万円、二次:28万円×5人で140万円、村から5万円×5人で25万円、合計205万円。東電から一次:100万円、二次30万円×5人で合計250万円。全部で455万円)

が渡っている。
双葉町では1人あたり83万円、川内村では1人あたり91万円という計算になる。

これに対して、自殺者が出た相馬市玉野地区(30km圏外で東電からの仮払金なし)ではどうなのか。

●相馬市の場合

【一次配分】
国義援金
 死亡義援金: 死亡者、行方不明者ともに、一人あたり35万円
 見舞金: 全壊・全焼=35万円/世帯、半壊・半焼=18万円/世帯

県義援金
 見舞金として一世帯あたり一律5万円

日本財団からの弔慰金・見舞金
 死亡者、行方不明者ともに一人あたり5万円

【二次配分】
 死亡・行方不明・全壊: 国56万円、県10万円(行方不明者は必要な調査完了後に振込み)
 半壊: 33万円(国28万円、県5万円)

 ……ということで、相馬市では死者や家屋の全半壊がない世帯へ渡ったのは、県義援金の見舞金一世帯あたり5万円しかない。5人家族なら一人あたり1万円だ。
相馬市玉野地区は飯舘村や福島市の霊山に隣接しており、線量は川内村中心部などよりずっと高い。
この汚染のひどかった飯舘村で酪農をしていて、住所は相馬市にあった人が自殺したことはニュースになったが、彼は妻と子供がフィリピンに逃れ、一人、自宅に戻ってきた後は、原乳出荷停止になり、毎日、搾った牛乳を捨てていた。この世帯には東電の仮払金も支払われていないから、5万円だけなのだ。

豪華リゾートホテルに避難して「飯がまずい」と文句を言っていた家族には数百万円が渡る一方で、避難先もなく、汚染された土地に残って毎日牛乳を捨てていた酪農家一家のように、30km圏外で無指定地域に住んでいた家族は、どれだけ汚染がひどくても、仕事や生活基盤を奪われて金が出ていく一方だとしても、現時点では5万円しか受け取れていない。これから農業や漁業などの被害に対する補償交渉を進めていくとしても、その前にみんな疲弊しきってつぶされてしまう。

さらに言えば、東電の二次仮払金は、家に戻ってきた時期が遅かった人には30万円支払うが、早く戻ってきた人には10万円しか支払わないとされている。

4月10日までに家に戻った人は10万円
5月10日までに家に戻った人は20万円
6月10日までに家に戻った人、まだ帰れない人には30万円

早く帰ってきた人というのは、老齢の親を抱えていたり、家畜の世話をしなければいけなかったり、消防などの公益業務に従事していた人たちが中心で、この人たちは誰もいなくなった村で自力で(自腹を切って)頑張ってきた人たちだ。
そういう人たちには少なく、避難所で毎日衣食住を世話してもらっていた人たちには多く払うというのだ。
逆ではないか。
実質、家に戻ってきていた人たちでも、仮設住宅やリゾート型避難所に申し込んで、ときどきそこに戻って無料の食事にあずかっていたり、市内のアパートを借りて「みなし仮設」(福島県の場合、月額最高8万円まで支給)に認定してもらい、別荘や事務所代わりに利用している人がたくさんいる。こうした人たちもみな「まだ家に戻っていません」ということで申請している。
そもそも、この期間、家に戻っても戻らなくても、みな本来の仕事や生活以外のことで追われて大変な日々を過ごしている。

現在、村で唯一開いている店と言ってもよいコンビニの経営者一家は、仕入れのトラックが入ってこなかった時期、郡山市内の市場で仕入れたわずかな商品を店に並べて、村に残っている人たちのために頑張った。
若旦那は、避難先の埼玉県から川内村まで今も通っている。
もちろん、動けば動くほど大赤字だが、村の中心で店を開いているという責任感からの行動だ。
他にも、自分は家に戻って仕事を続けていても、子供たちを県外の線量の低い場所に避難させるために毎日遠方まででかけて受け入れ先探しや手続きに追われたり、移転先を探し回ったり、仕事探しに明け暮れたり……。
みなそれぞれに大変な目にあっている。
こんな時期に「いつ家に戻れたか」と訊いていること自体がバカげている。誰一人、まともな状態では戻れていないのだから。

現場を知らない役人や企業人たちが机の上でもっともらしく線引きしたり基準を決めたりしている図には辟易する。
いちいち腹を立てていてもきりがないので、自力で動ける範囲内で自分の生活を、人生を守っていくしかない。
それが今のフクシマの姿だ。


 

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