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環境問題と有明海異変

HP管理者 近 藤  邦 明

§0 はじめに

 私は海の環境問題の現状、有明海や諫早湾の状況に詳しいわけではありません。まずこの点をご理解いただいた上で、環境問題という枠組みから、海の環境問題について、幾つかの視点を提供できればよいと思うのですが・・・。

 まず、環境問題とは一体何なのか、というお話からはじめたいと思います。


§1 環境問題とは何か

 地球環境は、地球が誕生して約46億年の激動の歳月を経て現在に至っています。当初、火の玉だった地球は、内部の熱を宇宙空間に放出して徐々に冷えて、金星とは異なり、幸運にも大半の水を宇宙空間に失う前に、水が液体として安定して存在できる地表温度になりました。水蒸気が雨となって地表に到達するようになり、やがて海が出来ました。原始海洋が出来るまで、地球は水蒸気と二酸化炭素を主成分とする数100気圧の大気に覆われていました。海が出来始めると、大気から水蒸気成分が抜け落ち、同時に雨に溶け込んだ大量の二酸化炭素が原始海洋に吸収されました。それでも原始大気に含まれる二酸化炭素分圧は10気圧程もありました。
 こうして地表と大気の間の水循環が形成され、地表は更に冷却される一方、大気中の二酸化炭素はその後も雨水に溶け込んで地表に鉱物として固定されることになりました。やがて光合成生物の登場で、大気中の二酸化炭素濃度は更に減少し、現在の地球大気の二酸化炭素分圧は、0.0003気圧(=300ppm)程度になっています(§2-1図 大気組成の変化 参照)。
 この海の形成と地表と大気との間の水循環の形成こそが、太陽系の他の惑星とは異なり、現在の地球が高等生物を含む多様な生態系の存在を保証している最も重要な仕組みです。

 地球環境はその内部構造の変化や外的な要因によって激変を繰り返しています。人間の生物としての寿命に比較して、この地球史的な変化はあまりにも長期的な変化であるため、生身の動物として生きている私たちにとっては、直接感じることはほとんど不可能です。しかし、現在も地球環境の激動の歴史は続いています。
 現在の地球は、大きな流れとして約10万年周期の氷河期(9万年程度)と比較的暖かい間氷期(1万年程度)の気温の周期変動の中にあります。その原因は、太陽と地球の相対的な位置関係の天文学的な変動の周期性(ミランコビッチ・サイクル)によるものです。前の氷河期が終わって既に10,000年ほど経過し、そろそろ次の氷河期が近づいているというのが、私たちの生きる現在の地球史的な位置です。


南極ドームふじ氷床コアから得られた過去34万年間の二酸化炭素とメタンの濃度と南極の気温との関係

 アイス・コアの分析から得られたミランコビッチ・サイクルに対応する南極の気温変動と、それに追従して変動する二酸化炭素とメタンの大気中濃度。水色で示した期間が氷河期、黄色で示した期間が間氷期を示す。現在は図の右端に位置し、間もなく氷河期に向かうものと考えられる。

 さて、激変を続ける地球環境ですが、例えば氷河期がやってくることが『環境問題』でしょうか?これは生態系に重大な影響を与える『環境の変化』ですが、環境問題とは呼びません。人間社会にとって『外的』な要因による環境の変化に対して、私たちは受動的に対応する以外に手段はありません。
 私たちが環境問題と呼ぶとき、それは人間社会の中で、何らかの対応によって原因そのものを克服することが可能な事柄です。

 人間社会を含む生態系の活動は、太陽から供給されるエネルギーの流れと、これを原動力とする地球の大気・水循環の中で行われる物質循環によって保障されています。生態系の活動が円滑に行われるためには、物質循環が滞ることなく継続することが必要です。


大気・水循環と生態系を巡る物質循環

 生態系を巡る物質循環では、すべての物質が循環利用されるために、環境中に汚染を蓄積することがない。生態系を構成する植物あるいは動物の一方がなければ循環は成り立たない。もし生態系が植物だけで構成されていれば、単純計算では10年足らずで大気中の二酸化炭素を消費しつくしてしまい、植物は生きていけなくなる。逆に生態系が動物だけで構成されていれば、食物の枯渇で生きていくことが出来なくなる。生態系は植物と動物の絶妙のバランスの上に成立している。

 環境問題とは、人為的な原因、現状では主に工業生産を中心とした人間社会の仕組みに起因して、大気・水循環が阻害され、生態系を含む物質循環が滞り、あるいは工業起源の物質によって環境が汚染され、その結果として人間の生存環境が悪化することです。


工業生産による環境への汚染の蓄積

 工業製品は長期的に見れば、全て廃物として環境に捨て去られる。工業生産の本質とは石油エネルギーを利用して、地下資源から生態系の物質循環では処理できない廃物を一方的に生産する過程なのである。工業生産システムが環境に汚染を蓄積すること、また工業生産システムが永続できないことは必然的な結果である。ゼロ・エミッション、完全リサイクル社会は、エネルギー保存則、エントロピー増大則に反する目論見であり、物理的に成立不可能である。

§2 人為的な二酸化炭素増加は環境問題か

 現在、環境問題と言えば『(二酸化炭素)地球温暖化』が最大の問題であるかのような大量宣伝が行われています。二酸化炭素の増加による地球温暖化は環境問題なのでしょうか?

2-1 大気中二酸化炭素濃度と生態系

 地球大気に占める二酸化炭素濃度は、現在も含めてここ数十万年から百万年では0.02%(200ppm)〜0.03%(300ppm)程度であり、地球史的に見ると最低水準に下がっています。生態系の第一生産者である植物の光合成にとって、現在の二酸化炭素濃度は低すぎる状態にあります。

 上図は、大気組成の変化を示したものです。陸上に植物が進出した4〜5億年前ころの大気組成は、大気中の二酸化炭素分圧が0.001気圧、現在の大気組成で考えると1000ppm程度であり、現在の大気の数倍の値でした。

 例えば、この図は二酸化炭素濃度を変えて大麦を栽培した場合の光合成速度を測定した実験結果である。実際に、温室における農産物生産では、石油を燃焼させることによってハウス内を加温すると同時に、二酸化炭素濃度を高めて高い収量を確保していることは周知の事実である。

 植物が陸上に進出した当時に比べて大気中二酸化炭素濃度の低い現状の大気組成では、大気中二酸化炭素濃度の上昇に対して、線形的に光合成効率が高くなるといわれています。植物にとって大気中二酸化炭素濃度が増加することは大変好ましい変化です。
 また、現在の大気中二酸化炭素濃度が数倍になったとしても、動物にとって致命的なダメージになるとは考えられません。以上より、現状では、生態系にとって大気中二酸化炭素濃度が多少増えたところでまったく問題はない、むしろ第一生産者である植物の光合成効率を高め、生態系全体の活動を活性化させる好ましい変化なのです。

2-2 地球の温室効果

 二酸化炭素の増加が環境問題だという唯一の理由は、それが温室効果ガスの『ひとつ』であるということによります。温室効果とは、太陽輻射(可視光線〜紫外線)は透過し、地球輻射(赤外線)を捉える性質を持つ気体による地球大気の保温効果のことです。
 この温室効果に対して誤ったイメージが広まっています。温室効果とは、保温効果ですから、どんなに温室効果ガスの大気中濃度が上昇しても、熱源(地球輻射)から供給されるエネルギーの効果を超えることはできません。現状の地球大気は、既に地球輻射の95%程度を捕捉していると言われています。今後どんなに温室効果ガスが増えようとも、地球大気によって捉えられる地球輻射の増加分は5%に満たないのです。温室効果による温度上昇が現れたとしても軽微なもので、温室効果による地球の『熱暴走』は起こり得ません。


地球熱機関の熱収支(槌田敦著『熱学外論』(朝倉書店)p.127図7.2に基づく)

 太陽からの地球の球面が受取る平均的な熱量(=0.49cal/cm2・min=257kcal/cm2・year)を100とした時の熱収支。地表からの熱放射(=地球輻射)113の内、107が大気に捉えられ(107/113≒0.95)、その内96が温室効果として有効に働く。

 次に、温室効果ガスの中で最も影響が大きいものが二酸化炭素だという認識も大きな誤りです。正しくは、『水蒸気による温室効果を除いて』最も影響が大きいのが二酸化炭素なのです。しかも、水蒸気による温室効果は地球大気の全温室効果の70%〜90%以上にも達しています。その結果、地球大気の温室効果は大気中の水蒸気濃度によって大きく変動することになります。

 大気中の水蒸気濃度は気温や湿度によって数1,000ppm〜数10,000ppmの間で大きく変動します。熱帯地方や日本のような温帯の夏季では、大気中水蒸気濃度は数10,000ppmに達し、水蒸気の温室効果だけで地球輻射をほとんどすべて捕捉しています。このような地域や季節では、水蒸気以外の温室効果ガスなどまったく問題になりません。二酸化炭素の大気中濃度がいくら増えようとも、熱帯や温帯の夏季に、温室効果によって更に気温が上昇することはないのです。
 逆に、水蒸気以外の温室効果ガスの影響が相対的に大きくなるのは、寒冷で大気中水蒸気濃度の低い地域、温帯の冬、亜寒帯から寒帯、そして極地方ということになります。つまり、寒くて生物活動の不活発な地域や季節の気温上昇として現れることになります。この意味でも水蒸気以外の温室効果ガスの増加は、生態系にとって好ましい変化ということになります。

 二酸化炭素の大気中濃度の増加によって起こる『かも知れない』地球の温暖化は、一般に流布されている灼熱地獄のイメージとはまったく異なり、最低気温の上昇によって、地球全体の季節的・地理的な温度勾配を緩和し、温暖で湿潤な生態系にとって好ましい穏やかな気候の地域の拡大という形で現れるのです。

 1970年代以降、継続的な気温上昇が観測されているのは事実ですが、これは温室効果の増大というよりも、太陽活動の活発化による可能性が高いと考えられます。参考のために、この間の観測結果の例を以下に示しておきます。

 太陽の活性度を測るひとつの指標が太陽黒点数である。太陽黒点数が多く観測される時期は太陽の活動が活発であると考えられる。この図は北半球の平均気温の変動と太陽黒点数の関係を示している。

 太陽の活性度を測る別の指標として太陽黒点数の発現周期がある。太陽黒点数の発現周期は10〜12年程度の間で変動しており、発現周期が短いほど太陽の活動が活発であると考えられる。

2-3 大気中二酸化炭素濃度と異常気象

 2004年は日本に上陸する台風が異常に多い年でした。『これも(二酸化炭素)地球温暖化の影響かもしれない』などという、ずいぶんといい加減な話がまことしやかに語られています。
 冷静に見ますと、2004年の台風の発生数はごく普通の範囲にあります。たまたま日本周辺の気圧配置によって日本に接近・上陸する台風が多かったに過ぎません。こうした気圧配置の発現が地球温暖化のせいである証拠はありません。

 前節で述べたように、一般的に温室効果の増大は、季節的・地域的な温度勾配を緩和する方向で作用しますから、気候は穏やかになる可能性が高く、それ自身が災害をもたらすような激烈な気象現象の増加の直接的な原因になることは考えにくいのです。
 これはあくまでも私見ですが、工業的なエネルギー消費地の偏在(人為的な熱源の偏在)や、世界的な規模、特に北半球中緯度地帯で起こっている開発行為・都市化による、植生の変化を含む地表の物理的な特性や水循環の改変によって、地球規模で大気・水循環が変化し、その結果として気圧配置の変動パターンに何らかの変化が起こっている可能性が高いのではないかと考えています。


地球の夜の側の衛星写真

 光点の密度分布は、人工的なエネルギー消費量の分布を反映しているものと考えられる。現在では、大都市において、太陽放射によって供給されるエネルギーに匹敵する人工的なエネルギーが消費されている。人工の熱源による大気への運動エネルギーの供給と、その熱源の偏在は大気循環に何らかの撹乱を生じさせる可能性が高い。

 経済活動の盛んな地域は人為的な発熱量が大きく、当然大気・水循環も活発になるでしょう。その結果、そういう地域は相対的に低圧帯になりやすく、低気圧や台風を呼び込みやすくなるのではないでしょうか?衛星写真で光点の密集している日本を含む東アジア、ヨーロッパ、米国東部地域などは、水害の被害が拡大する可能性が高いと考えられます。

2-4 大気中二酸化炭素濃度の上昇は環境問題ではない

 大気中の二酸化炭素濃度が増加することによる地球大気の温室効果の増加による温暖化が起こるとすれば、これは生態系における第一生産者である植物にとって非常に好ましい変化であり、生態系全体の活動を活発にするものです。大気中二酸化炭素濃度が増加することは、環境問題ではありません。

§3 温暖化と海の環境

 前のセクションで、大気中二酸化炭素濃度の増大、あるいは温室効果による気温上昇は環境問題ではないと述べました。ここでは、通俗的な環境論議の、二酸化炭素地球温暖化脅威説の中で取り上げられる、海に関わる話題について考えることにします。

3-1 温暖化による海水位上昇

 縄文海進以後も3度ほど海水位の大きな変動があったと言われています。海水位の変動要因には色々なものがあり、原因ははっきりしていません。単純に、海水の量が増えるから海水位が上昇するわけではありません。
 例えば、固体地球の表面形状の変化、いわゆるプレート・テクトニクスやプルーム・テクトニクスによる地殻変動、あるいはマントルと海洋との間の海水移動の収支の変化も海水位を変動させる要因だと言われています。
 また、局所的な変動要因としては、気圧変動、海流の流速・流路の変動、海水温の変動、吹送風による影響などが考えられます。
 温暖化による海水位の上昇というシナリオには無理があるように思えます。まずひとつは陸地に固定された氷河の融解による海水量の増大です。ご存知のように陸地に固定された氷河の大部分は南極大陸に存在します。その厚さは数1,000mにも達しています。南極大陸の気温は沿岸部の一部を除いて大部分で年間通して氷点下です。このような場所で、数℃の気温上昇が生じても、氷床が大規模に後退することはありません。むしろ氷点下の気温上昇は降雪量の増加を通して氷床の増大になります。また、山岳氷河の融解による影響が、直接海水の上昇に結びつくことは考えられません。


グリーンランド氷床の増厚

 南極と同様に広大な氷床を持つグリーンランドでは、近年、内陸部において氷床の増厚が観測されている。更に寒冷な南極大陸では、全大陸において氷床の増厚になると考えられる。

 海水温の上昇による体積膨張にしても、表面からの加熱では温度変化が現れるのは海洋表層の限られたものになると考えられ、顕著な海水位の上昇になることは考えられません。

3-2 温暖化による海水温上昇

 前節で触れたように、気温上昇によって、それに接する海洋表面からの熱の流入による海水温の上昇は、海水の対流による鉛直方向の熱輸送が生じないため、表層の限られた範囲になるものと考えられます。また、表層海水温の上昇は蒸発量の増加を促し、蒸発による潜熱の放出による冷却効果が増加するため、それほど劇的な海水温上昇が起こることは考えられません。
 海洋は、大気や地表に比較して熱容量が大きく、気温変動の影響を受けにくい、相対的に安定した生物環境です。数℃の気温上昇によって、それが直接的な原因となって海洋生態系が致命的なダメージを受けることはありません。

 有明海では海水温の上昇が顕著だと聞きます。有明海のような奥行きが深く、水深の浅い半閉鎖海域では海水が滞留しやすく、元々外洋に比べて海水温の上昇しやすい傾向にあると考えられます。しかし以前の有明海は、大きな干満の潮位差によって、比較的速やかに海水が入れ替わっていたと考えられます。これは、潮汐波の特性と湾の形状による共振現象によるものであったと考えられます。
 有明海の場合、河川から流れ込む工場廃水・生活廃水の高温化と、諫早湾干拓事業の堤防締切りによる、有明海全体の形状の微妙なバランスの変化によって潮汐波の共振現象が弱まったことで、干満の潮位差が減少し、湾内の流速の減少が起こり、外洋との海水の交換速度が減少したことが海水温上昇の主要な原因だと考えられます。

§4 典型的な環境問題 ― 有明海異変

 海は、地球上の水循環・物質循環の大きな一時貯留装置だと考えられます。地表に降り注いだ雨はやがて川となり、流域の生態系を含む環境と物質交換を行いながら海に到達します。海では、川から供給される養分と海洋表層水に含まれる二酸化炭素と太陽光によって、光合成水生生物を起点とする海洋生態系が形成されます。
 海棲生物の一部は海鳥の餌となり、海鳥は排泄物という形で海洋の栄養分を再び陸上生態系に還流させます。あるいはサケ・マス科などの遡河性回遊魚の存在も、海洋の栄養分を陸上生態系に還流させる上で重要だと言われています。私たち人間の漁業という営みも、海洋の栄養分を陸上に還流させる重要な意味を持っています(しかし、残念ながら『文化的な都市的生活様式』の中では、我々の排泄物は、地上生態系を豊かにすることなく、水洗トイレから無為に海洋へと捨て去られ、海洋の富栄養化の原因になっています。)。
 地上に還流しなかった海棲生物の死骸は、やがて重力分布に従って海洋の深部へと沈み込んで行きます。しかし、湧昇流によってこの栄養分は海洋表層へ運ばれ、再び海洋生態系の物質循環に戻ってくることになります。

 海の中心的な環境問題は、生物活動の盛んな陸地に隣接する沿岸・大陸棚に、陸上からの汚染物質あるいは過剰な栄養分が流入することによって、海棲生物の生息環境が直接的に悪化する問題だと考えられます。あるいは、諫早湾の干拓事業のように、不用意な構造物の建設によって生物活動の盛んな浅海部の地形が改変され、水循環・物質循環を妨げることです。
 地上のすべての物質は、重力によって高度の低いところへ移動しようとします。その物質移動の担い手が水循環です。地上に降った雨は流域との物質交換を行いながら、最終的に海へと流れ下ります。海の環境問題とは、そこに注ぎ込む河川の問題であり、ひいては河川の集水域すべての物質循環の問題です。その意味で、海の環境問題とは地上におけるほとんどすべての環境問題を内包していると考えられます。

 有明海は、形状的に湾口に比べて奥行きが深く、水深の浅い半閉鎖海域です。海岸線の長さに比較して、そこに貯留される海水容量は非常に小さいと考えられます。そのため、この海域の水質は周囲から流れ込む河川の水質に敏感に反応するものと考えられます。
 しかし、同時に有明海は従来非常に干満の差の大きい海域でもあり、有明海全体が一種のポンプのような機能を持ち、比較的速やかに海水が外海と交換されていたと考えられます。汚染物質は比較的短時間で外海に押し流され、しかも海水は適度に撹拌され、溶存酸素が豊富であり、広大な干潟という嫌気的環境と好気的環境が交互に現れる非常に活発な微生物環境があったために、浄化能力が高かったのです。その結果、豊かな水産資源を育むことが可能であったと考えられます。
 有明海の環境が悪化してきた原因の一つは、ここに流れ込む河川の集水域の都市化によって、有明海の持つ浄化能力以上の栄養塩類や汚染物質の流入が始まったことです。富栄養化によって、干潟の分解能力を超える栄養塩の流入によって、ヘドロが堆積し、底棲生物に大きな打撃を与えたものと考えられます。また、赤潮の発生頻度も多くなりました。更に、工業起源の汚染物質の蓄積も大きな問題です。
 既にこのような状態にあった有明海において、更に追い討ちをかけたのが諫早湾の堤防締め切りによる干満差の減少によるポンプ機能の減少です。

 こうした有明海の水質悪化の問題は、冒頭で述べた典型的な環境問題の発現だと考えられます。つまり、都市化・工業化による汚染物質の環境への蓄積と物質循環・水循環の停滞です。有明海再生のためには、流入河川の集水域における水質の改善と、有明海の浄化能力の修復が二つの大きな課題です。
 有明海で発生した問題は、日本における普遍的な環境問題の典型的なものであり、有明海の半閉鎖海域という特殊性によってそれが目に見える形で顕著に現れた例です。その意味で、この問題から学ぶものは非常に大きく、問題の解決へのアプローチは今後の日本における環境問題に対して重要な意味を持つことになるでしょう。

§5 終わりに・・・

 今回紹介した内容の中には、ふだん報道でよく耳にする地球環境問題についての情報とはかなり様相を異にするものがあったのではないでしょうか。

 例えば、京都議定書を遵守した場合の温室効果の削減効果を考えてみます。温室効果のうち、水蒸気以外の温室効果ガスによる効果は10%〜30%、そのうち二酸化炭素による効果は50%、人為的な大気中二酸化炭素の年増分の割合は(3Gt/750Gt)、京都議定書の削減目標は5%程度ですから、
(0.1〜0.3)×0.5×(3Gt/750Gt)×0.05=(1〜3)×10-5
仮に、100年間京都議定書の削減目標を達成したとしても、温室効果全体に対する削減効果はわずか0.1%〜0.3%程度しかないのです。京都議定書の削減目標値など、まったく無意味です。

 それにもかかわらず、先進工業国グループや企業は、こぞって二酸化炭素地球温暖化の脅威を環境問題の中心的な問題だと主張しています。これは二酸化炭素をすべての環境問題の元凶とすることによって環境問題の本質を隠蔽し、環境技術によって発展途上国から世界経済の覇権を取り戻し、工業生産による企業活動をさらに拡大するための戦略です。二酸化炭素は哀れな贖罪羊という役回りです。
 先進工業国や大企業は、エコ・ビジネスを経営戦略の中核に置き、無能な国家・行政の政策によって、エコ産業は現在最も収益性の高い産業分野になりつつあります。工業生産システムの肥大化を原因としている環境問題の解決のために、エコ産業という新規産業分野が肥大化するというのは、明らかに論理矛盾です。
 その論理矛盾の最も典型的なものが非効率的なエコ・エネルギー技術です。二酸化炭素の大気中濃度の増加は環境問題ではありませんから、二酸化炭素の排出量削減を主目的とする技術開発はまったく無意味です。またその技術の内容を見ると、大量の工業的な原料資源とエネルギーの投入が必要であり、二酸化炭素排出量の削減にすら結びつかないどころか、資源の浪費を加速し、本質的に環境問題の悪化になることは明らかです。
 環境保護団体(?)の中には、冷静な科学的な判断能力を失い、先進工業国グループや企業のこうした経営戦略にまんまと乗せられ、何を血迷ったか、『市民風車(風力発電)』や『太陽光発電』で売電を行うNPOを立ち上げる者がいます。まったく愚かなことです。

 また、ロシアの京都議定書批准、議定書発効をにらんだ『環境税』の導入が現実味を帯びてきました。しかし、現在の国のお粗末な環境政策の下で環境税を導入することには、断固反対です。国は、京都議定書発効によって確実な日本のペナルティー支払いに対する財源、ロシアからの排出権買取の財源、ないしカッコつきの『環境技術』開発の財源として環境税の導入をもくろんでいるのでしょうが、既に述べたように、二酸化炭素地球温暖化脅威説はまったくの幻想であって、いずれも本質的な環境問題の解決には関係のない事柄です。
 環境税を導入するのであれば、槌田氏が主張しているように(例えば農文協「新石油文明論」pp100-101徴税と規制で社会のエンジンを運転する)、環境負荷の大きな工業生産活動に対する抑制を主たる目的として、企業の工業製品販売高に対して課税を行うべきであって、末端の消費段階での大衆課税にすべきではありません。特に環境負荷の大きい贅沢品、例えば3ナンバーの乗用車や電気温水器などに対しては高率の個別物品税を復活させることも有効でしょう。また、国内の農林水産業に打撃を与えるような輸入品に対しては、高率の関税を課す権利を担保するためにも、WTOからの早期脱退が必要です。
 また、税収の使途として、『環境技術』開発など、産業活動を助長するような使途は禁じ、生態系に依拠した産業である農林水産業の回復のための国土保全のための財源とすべきです。

 環境問題の解決の方法は、過度の工業生産システムに依存した社会構造・都市構造を見直し、生態系の物質循環、その基盤となる水循環を修復し、さらに豊かにすること以外にないことを銘記すべきです。非科学的な温暖化論議やエコ・エネルギーなどに惑わされることなく、生態系に依拠した揺るぎ無い視座をもって環境問題に対処していただきたいと、切に願います。


< 参考資料 >

参考図書
■地球の歴史と生物進化について
1)丸山茂徳・磯崎行雄 著『生命と地球の歴史』岩波新書543, 1998年
■生命系の物質循環構造・エントロピー理論
2)槌田敦 著『熱学外論』朝倉書店, 1992年
3)槌田敦 著『新石油文明論』農文協, 2002年
■二酸化炭素地球温暖化
4)薬師院仁志 著『地球温暖化論への挑戦』八千代出版, 2002年
5)伊藤公紀 著『地球温暖化』日本評論社, 2003年
■遡河性回遊魚の役割について
6)エントロピー学会編『「循環型社会」を問う』pp34-47, 藤原書店, 2001年

ホームページ
■南極氷床アイスコア分析
1)東北大学大学院理学研究科大気海洋変動観測研究センター
■地球の大気組成の特殊性について
2)大気の組成の謎(北海道大学 地球惑星大気物理学研究室 倉本 圭氏)
■地球の歴史と生物進化について
3)NetScience Interview Mail◆丸山茂徳(まるやま・しげのり)


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